12月の山門の言葉「選択肢が多いほど、縛られる」
今年も残すところ一カ月となり、何となくそわそわしてくる。年末年始の過ごし方を考えると、落ち着かない人も多いのではないだろうか。実家への帰省や家族旅行、何もせず家でゴロゴロして過ごすということもあるだろう。また、インターネットで検索すれば、もっと多くの候補が見つかるかもしれない。
いずれにしても、いくつかの候補の中から最適なものを選ぶということになるが、そこにはどうしても「迷い」が付きまとう。「あれもしたい、これもしたい」と、一つに決めるのが意外と難しい。選択肢が多ければ多いほど良さそうに思うが、実はそうではないのかもしれない。
その要因となることを、仏教では「我執」とか「我愛」という言葉で明らかにされるが、私たちの在り方を言い当てた言葉である。
それは、常日頃から私自身に執着しているすがたであり、端的に言えば、自己中心的な在り方だと言える。「自分にとって不都合にならないように、自分にとって得になるように」という思いが中心の在り方である。
それゆえ、「あれか、これか」と迷い、気づいてみれば私自身の思いに縛られているということになる。まさか自分自身に縛られ振り回されていたとは、思いもよらないだろう。無自覚であるがゆえに厄介な問題だ。
仏さんは、そのように迷ったり悩んだりする私たちを見放さず、原因をはっきりと照らし出し、また同時に、自我に縛られる私たちを解放せしめんと願って下さっている。
その願いを受け、応じていくことが、私たちが歩むべき道ではないだろうか。
( 大橋 伊知郎記)