3月の山門の言葉「あなたに答えは贈らないあなたにひとつの問いかけを贈る」
生成AIが普及している。例を挙げれば簡単な文を作ってもらいたいとき、直接AIに尋ねてみれば、誰でも質問に答えてくれる便利な時代になってきた。確かに便利性が向上しているのだが、「自分で考えずにAIに任せる」時代が到来するのではないだろうか、と感じてしまう。
レストランでロゴから選挙立候補者簡易マニフェストまでその意見は幅広い。そうした判断材料が私がよく分からない時がある。しかし「自分の意見」を言っているのだが、確かに「良いのか、悪いのか」私はその後、何度でも自分で考えている。仏教を基にして言えることは、「私たちが持つ“正しさ”」は、簡単に心の中で固定されるのではなく、立ち止まり、深く考えることで、少しずつ変わっていくことであろう。
そう考えると谷川俊太郎氏の詩は、問いかけによって自分の行動や、他者への見方を解きほぐす大切さが説かれていると感じる。谷川氏の言葉は、親鸞聖人が説かれる“自分の根拠”や“草の身(=愚かな身)”を大切に問い続けることが、浄土真宗の身の有り様であることを示されるのである。
「答えを求める私たち」に対して、谷川氏は「答えは贈らない、あなたにひとつの問いを贈る」と述べる。「どの問いが大切になるのでしょう。」と愛し合って生き合う。なぜ私たちは“ひとう”の問いが存在するのか。それとも私たちが満足していないのであれば、この問いは人間にとっての“問い”なのだ。
谷川氏の言葉を通して感じることは、私たちが本当に必要なのは答えではなく、問いである。親鸞聖人が人間尊重の問いの人生を歩まれた仏教の歴史である。時代を迎えて、私たちは悩みを抱えて生きるその中で、人の問いを学びたい。
(高橋 真青記)