山門の言葉

7月の山門の言葉「さわりおおきに徳おおし」

さわりおおきに徳おおし
高僧和讃

今年も猛暑の夏が巡って来た。猛暑の日には冷たいかき氷が最高である。昔はかき氷ブーム錯覚がある。家庭用かき氷器で作る氷は、白濁していて水道水である。市販の氷は透明感があり、それは天然氷で作られた純物である。

純物の多さに氷ほる悩みがある。それに比べて私たちは氷に当てて溶けていく。だが氷を食べた時の頭の中にひやっと感じる。

阿弥陀仏の光明は、純物無く、はたらきは無くて、私たちに安心を与えてくださる。
白濁した氷を見て、透明感に包まれているかのように感じることがある。
阿弥陀仏は純物を持っておられると私は感じている。
透明である氷のように、私たちは自分の心に少しの曇りも無いと思っている。
透明でなければ、純物でなければと私たちは欠けている存在であると思う。

『高僧和讃』には、私たち人間が生まれながらに持っている罪障・煩悩という氷に倣って、自分の思いに執着して、人の言葉に傷つき、他を受け入れない煩悩という苦しみがあることを教えてくださる。

私たちは、透明でなければダメだ、透明が良いと思っているが、それは間違いである。
透明であることが大事ではなく、透明さの中に純物を感じることが大事だと思う。

私たちの悩みの中には、阿弥陀仏の光が当てられて白濁した氷の中に阿弥陀仏の光があると私は思う。
阿弥陀仏は純物を持っておられる。

「純物無くはたらきなきに不安や悩み」があるのではないかと思う。

阿弥陀仏の光は、純物無くはたらく存在を包み込んで、初めて私自身が明らかになるのである。
あのかき氷の姿を映し出すそれが弥陀のはたらきである。

(蓮井 邦宗 記)

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