9月の山門の言葉「人間はそんなに合理的じゃない」
コンビニやスーパーの前には「足もとに気をつけて、ならんでお待ちください」という足跡のマークが貼られていることが多い。これは「ナッジ」と呼ばれる経済学の手法で、リチャード・セイラー氏が提唱したものだ。つい後押しされてしまうように、「もう一つ買おうかな」という気分を誘導するのだという。「なるほど」と思わせる仕掛けが人間の行動には多く潜んでいる。
今日、限定品に惹かれてあと一つ……と思うことがあるが、実は私たちは自分で思っているほど合理的に行動できていないという。セイラー氏は「人間はそんなに合理的じゃない」と喝破している。「無駄遣いをしないように」と思っても、つい誘惑されてしまう私。気づけば財布が軽くなることもしばしばだ。
たとえば、あるお姑さんが、生前、毎日仏壇の前に座って「合掌してから一日を始めなさいよ」と言っていたという話を思い出した。嫁ぐ前は「そんな時代じゃない」と思っていたが、ふと振り返ってみると、その言葉は今も私の中に残されているのだと気づかされる。お姑さんの思いは、今日の私が無駄を制限し、必要なことを見極めようとする働きにつながっているのだろう。
人の一生には、無駄か有効か、合理的か非合理的か、だけでは測れない大切なものが多い。たしかに、人間は合理的ではない。でもそれでこそ、人らしさがあるのだ。そんな不合理な歴史の上に、私たちの今日の暮らしがある。忘れがちな日常の選択のひとつひとつに、私たちは影響を受けながら、毎日を生きているのだ。
(高橋淳 記)